我々の魂の中にある文藝を放棄してはならぬ

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現代公家たちの騒動〜第一夜〜 by女生徒

      

 時は12~13世紀、ここは京。今日も愉快な公家とその周辺の輩(ともがら)が優雅な貴族生活を満喫している。

 

なんてのは全部幻想で、目の前には現実逃避も甚だしい高校三年生&愉快で多忙な日々を送る高校二年生が暑苦しく集っている。
あとは、真面目に文化祭準備に取り組んだり、受験勉強に精を出したり、嗚呼、これが高校三年生の夏の模範であろう、という人々。

 

だが待て、しばし。
本当にそんな青春で良いのか。俺たちの生きる世界はそこか。何のために京で生まれたのか。
我々の生きるべき道は有職故実にあると思わないか!?

 

>君たち、後朝(きぬぎぬ)ごっこをしないかね?

 

唐突に女生徒が提案したそれは、後朝の文のやり取りを模倣した和歌のやり取りであった。ちなみに後朝の文とは、一夜を共にした男女が翌朝に交わす和歌である。男性から送る。送り届けるのが早ければ早いほど情愛が深いことになるらしい。

そして、平安期では、三日間男性が女性の家へ通うと婚姻成立となる。

女性側から解説した絵を以下に載せておきます。大変見にくいと思いますが。

これが平安期の青春である。多分。

 

後朝の文の例)

あひ見ての後の心にくらぶればむかしはものを思はざりけり   権中納言敦忠

意味:君に逢ってからの物思いに比べたら、いままでは物思いなんてしてなかったようなものだよ!

 

これをやろうっていう話ですが、別に後朝であることが重要なのではなく、気を遣って相手を想いながら詠むことが大切なのです。

 

さて、ルールは簡単!
正室にばれずに三日間密通できれば婚姻成立!
もしばれれば、後妻打ち(うわなりうち)*1にあってしまうかも!?

 

それでは、後朝遊戯の登場人物&設定です。

藤原朝臣:公家
初登場。『こはる日和 第2号』に有職故実の論考を寄稿している日本史オタク。

 

大江式部:藤原朝臣の家女房(雑事係)で密通相手
最近ブログを更新していない大江汐帆。

 

左衛門尉:藤原朝臣の家人・「きぬぎぬの使ひ」
毎度おなじみ女生徒。やや謀叛の気あり。

 

すかい:大江式部の「きぬぎぬの使ひ」
初登場のブログメンバー。多忙にして自己紹介記事はまだ書いていない。

 

蒼姫:藤原朝臣の本妻
初登場。『こはる日和 第2号』に現代短歌を寄稿している。

〈本妻の設定〉
・夫が大江式部の元に通っていることを知らない。なんとなく勘づいてはいる
・手紙を持っている「使ひ」と遭遇した場合、手紙を奪って書き換えられる
・「使ひ」に賄賂を渡すと書き換えたことを黙っていてくれる。
・手紙を持っている藤原朝臣、または大江式部に遭遇した場合、問いただすことが出来る
・左衛門尉とすかいが家人であることを知っている。

我ながら本妻システムを導入したことで、奥深さが加わったと思うのですが、吉と出るか凶と出るか、なんともないか……

 

さて、一日目の朝になりました。(なんか人狼みたいな言い方……)
まずは藤原朝臣から大江式部へと後朝の文が送られます。

嘆きつつひとり出でにけりひさかたの月をし見れば恋しかるらむ

女生徒の筆跡を知る者はお気づきでしょうが、そうです、が詠みました。というのも、言いだしっぺなのに、詠めないの悲しいじゃないですか。詠みたいじゃないですか。日頃から変な短歌詠んでるじゃないですか。
(参考:月と逍遥 by女生徒 - 我々の魂の中にある文藝を放棄してはならぬ

ということで、一回目は家人による代筆です。
いやあ、情けない公家ですねえ。

冗談です。

 

〈解釈〉
「嘆きつつ部屋を出ると、月が出ていた。月を見ると、貴方のことが恋しくなってしまう。」

〈修辞〉
「出づ」…「(部屋から)出る」と「(月が)出る」が掛詞。
「ひさかたの」は枕詞。
枕詞を三句目で使用することで二句切れを主張。(二句切れ愛好者ゆえ……)

 

しかし、この文を送った時点で実は既に、午前十一時。

さきほど、送り届けるのが早ければ早いほど情愛が深いことになる、と書いたように、後朝失格なのですが、まあ、我々には学校というものがあるので大目に見てほしいところですね。

それにしてもこんな稚拙な和歌でも、半紙に筆ペンで書いて、くるっと結ぶと平安味が出ていとをかし、です。本当は花を挿したいところですが……そこら辺の雑草はいまいち雅でない。

 

蒼姫は既に訝しがっています。
役になりきっていて面白いです。
藤原朝臣はLINEで蒼姫をなだめる和歌を送っていたようです。なだめてはないですね。はい。

蒼姫「近頃汝のさまいとつれなし。謀にやあらむ。(最近あなたつれないわあ。なんか悪いことやってんのやろ?)」

 

藤原朝臣「思へどもみずぞ流るる涙川なれしと言はばいかで渡らむ」

〈解釈〉
貴女を思いながら、逢うこともなく月日は流れる。私を慕っていると言ってくれれば、なんとしても涙の川を渡って逢いに行こう。しかし貴女は私を「汝(なれ)」などと呼ぶ。これでは涙の川も溢れ返り、最早渡ることなどできぬ。

〈修辞〉
掛詞 みず、なれし
縁語 みず、川、渡る(多分)

とのことです。

なんやねん!なんか、後朝って言い出したのは私やけど、ちょっと引くわ!

 

 

そして、放課後。すかいを通して、和歌が大江式部から藤原朝臣に届けられました。

ちなみに、これが大江の初和歌だそうです。恥ずかしそうにしていましたが、情趣を解する素敵な和歌です。惚れます。惚れてます。

白みゆく月見上げれば嘆きつつ昨夜*2のおほえぞ重ねたりける

〈解釈〉
月を見上げると、昨夜はあんなに美しく輝いていたのに白く薄まってしまっていて、私は嘆きながら、昨夜の記憶を重ねました。

〈修辞〉
掛詞:「おほえ」覚え、大江(名前)

 

「白みゆく」ってのがまず綺麗。先の歌を受けた「嘆きつつ」を上の句に置き、下の句で新しい情景を映し出す。心ある*3和歌です。

和歌って良いですね。現代短歌を批判するつもりは全く無いですが、たまに三十一音やったら良いってもんじゃないで、と言いたくなる短歌もあるから……平安時代にも下手やなって思う平安貴族さん居るけど。(自分の歌は棚の上。)

 

それにしても、いきなり後朝の文を詠もうと言い出したにもかかわらずこのノリノリ感と秀逸な和歌。流石は我が友!愉快愉快。

一日目は無事に密通し終えましたが、明日はどうなることやら。和歌を見たくもあり、正妻逆襲劇を見たくもあり。

されど、明日も無事なら謀叛でも企もうかしら……ふふふ。

 

つづく。

*1:後妻打ち:後妻に嫉妬した正妻が、後妻を打ちたたくこと。

*2:昨夜(よべ):ゆうべ、昨日の夜、昨夜。(旺文社全訳古語辞典より)

*3:心あり:趣や風情がある。(旺文社全訳古語辞典より)

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